「あるんだよ、これから行こうぜ」ってことで、ランドセル背負ったまま
木田についてった。通学路から外れて運河の橋をわたり、ゴミゴミした
中小の工場街に出た。あちこちからギーギーガンガン、何かを加工する
音が聞こえてくる。「こんなとこに駄菓子屋なんかねえだろ、
子どもなんて来ないとこだ」俺はそう言ったんだが、木田は先に
立ってずんずん歩いて、金属と薬品の臭いのする小路に入ってった。
85 :
4/11:2020/08/15(土) 02:04:04.46 ID:y3BXYe+r0.net
たぶん溶接とかメッキをやってたんだろう。で、「あれだ」って
指差した先に、「◯◯発動機」って看板が見えたんだ。
「駄菓子屋じゃねえじゃん」 バラックみたいな建物だったが、まだ
そういう家はけっこうあった。そこはガラス戸4枚分くらいの店で、
下がコンクリ。中は3分の2が工場みたいで、いろんな部品や
工具があって、自動車の半分くらいもあるでかい機械が見えた。
その店の右側の壁に、たしかに駄菓子が積み上げてある。
くじとか酢イカ、ふ菓子とかどこにでもあるようなのが申しわけ程度に。
ああ、ツマンねえと思った。こんな30分もかけて歩いてくるような
とこじゃねえ。「いや、ここにスゲえ菓子がある」木田はそう言い、
機械のそばにしゃがみこんでる大人に、「また来た。
ムーンチョコおくれ」って話しかけた。そしたらその人がふり向き、
86 :
5/11:2020/08/15(土) 02:05:05.37 ID:y3BXYe+r0.net
顔を見て驚いた。金属のお面をつけてたんだ。当時は
わからなかったが、溶接のときに火花が目に入らないようにするやつだ。
その人が立ち上がると、小学5年の俺らより少し大きいくらいしかなかった。
くぐもったような声で「あいよ」と言い、棚にある金属の缶を開けた。
「ムーンチョコ2つ」と木田が言って40円出した。
するとその人は、「ほら」と缶の中から銀紙で包装した10cmくらいのを
出して木田に渡したんだ。「これがスゲえうめえから、お前も買え」
いったん外に出て見せてもらったが、メーカー名とか何もついてなくて、
ただ青い字で「ムーンチョコ」とだけ書いてある。木田はせわしなく
銀紙を破ると、中のカリントウ型のチョコの半分を俺にくれた。
半信半疑で食ってみた。そしたらなあ、これがほんとうにうまかったんだよ。
87 :
6/11:2020/08/15(土) 02:06:12.19 ID:y3BXYe+r0.net
いや、いまだにあんなの食ったことがねえ。チョコの中にどろっとした
液体が入ってて舌がとろけるみたいだった。「こりゃスゲえ」と思い、
俺も2個買った。で、むさぼるように食ったんだよ。木田は食いおわって
包み紙を開き、手のひらの上に何か青い切手みたいなのを2枚載せ、
1枚ずつ日に透かして見てる。「何だよ、それ」 「くじのカードだよ、
こうやって月の景色が見えれば当たりなんだよ。な、おじさん」
鉄のお面のおじさんは僕らを見てうなずき、「そう、当たりが出れば
月の世界にご招待」なんて言うんだ。俺も自分のに入ってたのを
透かしてみたが、ただの青いセロファンだったな。それから俺は、
おじさんがいじってった機械に興味を持ち、「それ何?」って聞いてみた。
そしたら、「宇宙船だよ。もうほとんどできてるんだが、まだ心臓部がない」
89 :
7/11:2020/08/15(土) 02:07:21.58 ID:y3BXYe+r0.net
そう言って、機械の中央部分を手袋の手で指した。その部分だけ金属じゃなくて、
丸い、うす青いガラスのボールがついてた。バスケットボールより
やや大きいくらいだな。「これが心臓部?」 「そうだ」
でも、宇宙船はさすがに冗談だと思った。あの頃の小さい自動車の
半分くらいで、人が乗れそうなスペースはなかったから。
おじさんは続けて、「ムーンチョコおいしいだろ。外国から取り寄せてるんだ。
ボクたちの学校でも友だちに教えてあげてよね」って。
それから帰ったんだが、道々、木田と
「ありゃすげえ菓子だ。外国製ってのは本当だろうな。明日から毎日こよう。
仲間を連れてこようぜ」そう話し合った。翌日、さっそく木田と
2人連れて行ってみた。で、全員が3個ずつムーンチョコを買って食ったが、
みな大感激してな。「小遣いが続くかぎり買いに来る」って言った。
90 :
8/11:2020/08/15(土) 02:08:24.48 ID:y3BXYe+r0.net
うん、仲間はどんどん増えて、20人くらいが毎日駄菓子屋に行ってた。
ムーンチョコが売り切れるのを心配したが、おじさんが缶をつぎつぎ
奥から出してきた。あと、組み上げてる機械はだんだん完成に近づいてる
みたいで、あっちこっち出っぱってた部分が滑らかになってきてた。
それから1週間後くらいかなあ。そのときも10人ほどが駄菓子屋にいた。
そしたら藤島ってやつが大声で、「ああ、月の景色だあ!」って叫んで、
あのおまけのカードを見てたんだな。俺はそばにいたんで、「見せてくれ」
ひったくるようにして透かしてみたが、やっぱただの青いセロファンだった。
「嘘つくなよ」俺がなじると、おじさんが、「ボク、月の景色って
どんなだった?」と聞き、藤島は勢い込んで、「アメリカの旗が立ってた。
アポロのやつ」って答えた。するとおじさんは、「ああ、当たってる」
91 :
9/11:2020/08/15(土) 02:09:28.29 ID:y3BXYe+r0.net
そう言って、藤島に名前と住所を紙にメモさせた。後で景品が
自宅に送られてくるってことみたいだった。で、その翌日の朝だ。
まだ夜が明けてない5時ころ、藤島が自宅から離れた湾岸道路にいて、
ひき逃げにあって死んだんだよ。トラックだったみたいで、体がバラバラに
なってたそうだ。残念ながら目撃者はなかったが、そこを通る大型車は
限られてるし、犯人はすぐつかまるだろうって、うちの父親が言ってた。
このことを担任から聞いたときはショックだった。けど、その日の放課後も
あの駄菓子屋に大勢で行ったんだよ。ムーンチョコの中毒みたいになってた
のかもしれん。けど、店の戸がぴったり閉じられてて、ガラスには黒い紙が
はってあり、「閉店しました。ごめんなさい」って札が下がってたんだ。
そこに来た全員、藤島が亡くなった知らせを聞いたときよりショックを受けた。
92 :
10/11:2020/08/15(土) 02:11:10.42 ID:y3BXYe+r0.net
もうムーンチョコが食えねんだから。やっぱ中毒みたいになってたんだな。あと、
藤島の葬式がなかなか行われず、それは遺体の頭が見つかってないせいだって
噂が流れたんだ。結局、5日ほどたって葬式があり、同じクラスで仲が良かった
俺も行ったよ。でな、俺はムーンチョコがあきらめきれず、それからも毎日その
駄菓子屋に行ってみたが、ずっと閉まったまま。10日目くらいかなあ、
今日で最後にしよう、そう思って一人で出かけた。そしたら、店の中が何か
光ってるみたいで、ガラスにはった黒い紙がときどき白くなる。何だろう?
黒い紙の下のほうにわずかなすき間があるんで、俺ははいつくばり、
そっから中をのぞき込んだ。・・・あの機械が見え、
バッバッと光を発してた。でな、・・・前に機械の真ん中に
ガラスのボールがあるって言ったろ。そん中に人の顔があったんだ。
藤島だ!と思った瞬間、顔が目を開けた。俺は後も見ずに逃げ出したよ。
93 :
おわり/11:2020/08/15(土) 02:12:11.73 ID:y3BXYe+r0.net
いや、せまいとこからちらっと見ただけだから、見間違いだろうと思う。
そんな馬鹿なことがあってたまるわけがねえ。それから2週間ほどして、
おそるおそるまた行ってみたが、店の建物そのものがなくなり、針金で囲まれた
空地になってたんだ。あと、藤島を轢いたトラックはいつまでたっても
見つからなかった。あれから50年になるから、とっくに時効だ。
まあ、こんな話なんだよ。それと、これは関係あるかどうかわからねえが、
そのあたりの時期に、港に近いとこの化学工場で爆発が起きて、
夜が昼間みたいに明るくなったことがあった。死傷者はいなかった
みたいだが。でな、俺はどうしても、藤島の死と、やつが月の風景の
当たりを引いたことをつなげて考えてしまってなあ。だから、
流行ってたときも、仮面ライダーのカードは買わなかったんだよ。
96 :
本当にあった怖い名無し:2020/08/15(土) 09:57:00.83 ID:gctxG9bu0.net
>>93乙!
面白かった